2015年06月01日

第36回 継続は力なり:投資を通じて、人生で手に入れるもの

 本コラムの最終回にあたり、禅宗の開祖である達磨(だるま)大師の「二入四行論」を紹介したい。私たちが生きていく上で、何かを身につけるには、文章で表される知識・認識という「理」から入る「理入」と、実践である「行い」から入る「行入」がある。この2つが「二入」である。さらに「行い」には四つがあるという。

 

「報冤行(ほうおんぎょう)」は実践の第一の段階で、人は枝葉末節に捉われるほど問題を抱えることを自覚し、己の根本の問題に帰ることを表す。日々の雑音や誘惑に捉われることなく、自分に本当に大切な根を見つめながら行動することだ。「隨縁行(ずいえんぎょう)」は実践の第二段階で、自らの周りにある縁に従って行動するという意味。私たちの毎日は好むと好まざるとに関わらず、様々な縁(えん・えにし)によって成り立っており、その時々の縁に従い素直に行動することが必要と説いている。「無所求行(むしょぐぎょう)」は実践の第三段階で、求める所を無くす行い、即ち欲を捨て、無心で行うことを意味する。「称報行(しょうほうぎょう)」は実践の第四段階で、法に称う(かなう)行い。道理や真理と一致して、自らが法にふさわしい行いをする。これが「二入四行論」だ。

 

投資で考えれば、目先の利益や損失に振り回されるのではなく、自身の豊かな人生や、家族の幸せなど、自分が大切にしているもののために行動する。私たちは相場を動かすことはできない。相場の流れ(縁)の中にいる。素直に流れに従い行動することだ。欲や恐怖が現れれば、たちまち混乱や迷いが生じる。無我の境地で相場に臨む。相場にも法(道理や真理)がある。それにふさわしい行動をする。それが投資の成功である。そして、人生においてもそれは同じだ。

 

これまでの連載で書いてきたように、投資は人生の一部分であり、人生を彩るツールに過ぎない。誰もがお金を手に入れるために投資を行なうが、そのほとんどの投資家が、家族の幸せを願い投資を行なっている。これは、第11回「投資を楽しむ」の中でも書いた。

 

私たちは家族や友人、周りの人々とともに、豊かな人生を生きるために投資を行ない、お金を得る。それは、豊かな人生を送ることが目的であり、お金を得ることが目的ではない。充実した人生を生きるために、投資で成功することが必要ならば、諦めることなく続けよう。続けた先に投資の成功があり、あなたは望み通りの豊かな人生を手に入れる。継続とは、幸福を手に入れるための力なのだ。

(FX攻略.com 2014年5月号掲載)

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(ライター:104m)