2014年10月20日

第4回 投資と投機:投機は悪か?

分かれ道とビジネスマン

「投資」と「投機」という言葉は、金融市場において区別されて使われている。それらの一般的なイメージを考えてみると、「投資」が安全かつ長期的なスタンスで、実体売買を伴った健全な資金運用というものであるのに対し、「投機」はよりリスキーで短期的、実体の売買を伴わない、いわばマネーゲームのように捉えられている現実がある。実際、金融市場の様々なシーンにおいて、「投機資金」や「投機筋」、「投機家」という言葉は、市場の攪乱要因のような使われ方をしており、好意的に捉えられていないことが分かる。それはともすると、「投資」は善で、「投機」が悪のようなイメージさえ抱かせるものである。

 

投資と投機の日本語の語源について確認すると、「資」には「もとになるもの、あることに役立てる金品」という意味があり、もとになるものに資金を投じる行為であることが分かる。一方で、「機」には「わずかな動き」という意味があり、わずかな動きに資金を投じることから、投機がより短期的で細かい値動きの変動を目標にした売買と捉えられるようになったようだ。

 

また別の言い方をすると、投資とは、資金を資産に投じ、資産が別の形に変容することで利益を上げようとする行為と捉えられているのに対して、投機とは、資金を機会=チャンスに投じ、価格の変化のみを対象として利益を上げようとする行為と捉えられている。さらに投機という語源を深く調べると、仏教の禅宗の用語である投機が経済用語として用いられるようになったことが分かる。

 

禅宗の用語である投機の意味は、「弟子の心に芽生えた「悟りへ向かう心の動き」を師匠が見逃さず、悟りの境地へと導くこと」(浄土宗 林田 康順氏)というものである。これが経済用語として使われるようになったのは、価格の変化を大きな真理の流れとして捉え、わずかな動きも見逃さず、それと一体となることで利益を目指す行為を称したと考えられ、実に的を射たネーミングだったといえる。

FX攻略.com20137月号掲載)

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(ライター:104m)